石けん学のすすめ       Anri krand くらんど

2.石けんの特性、加水分解と弱アルカリ性

2-1.石けんの加水分解とその作用
2-2.石けんは、「脂肪酸基+塩基」から
2-3.有機石けんという、アミノ酸石けんシャンプー
2-4.ロジン石けん、ナフテンサン石けん
2-5. 純石けんより高pHの石けん、低pHの石けん
2-6.過脂肪石けんの1つ、JIS 化粧石けん
2-7.料理のような、アメリカ式ハンドメイド石けん
2-8.日本化モデルの究極、ハンドメイド過多過脂肪石けん

* 2-1.石けんの加水分解とその作用

 「きのうに戻りたい、きのうまでを信じたい」というフレーズは、ビートルズの「イェスタデイ」の1節です。とくに過去への回帰をうたっているのですが、全部がそうなのではありません。同時に「昨日への決別」と「明日への賛歌」をうたっているのです。解釈といわれそうですが、そうではなく焦点の当て方の問題であり、人の哲学のもたらす差違にほかなりません。

 「万物は水である」といったのは、ギリシャの哲人ターレスです。紀元前585年5月28日の日蝕を予告した学問の人であるターレスは、生命がどこからきたのかよく知っていたのです。地上の生命はもちろんら海から上がってきました。その海は豊富なミネラルを抱き、pH8.2〜8.3という微アルカリ性を呈しています。人間の体液がpH7.3〜7.4であるのは、生物の羊水が海水に由来するためであり、体表がpH5〜6であるのは、海と一体でありながら境界を仕切ってそこから独立するためです。人もまた母なる胎内から自立しなければなりません。決別して、明日へ踏み出さなければなりません。

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 石けんの性質というとき、真っ先にいわれるのは石けんの加水分解とその呈する弱アルカリ性です。これが石けんの2大特性です。石けん(純石けん)の水溶液は、かならずpH9.5〜10.5前後の弱アルカリ性を呈します。石けんが加水分解するためですが、加水分解そのものは、酸と塩基(アルカリ)の化合物である「塩」のもつ性質ですから、本来、特別なメカニズムという訳ではありません。界面活性剤のうちでは石けんだけがもつ特性ですが、現在では合成界面活性剤にも加水分解するものが出てきています。ただ石けんほどシンプルな加水分解ではありません。

 塩のうち、塩化ナトリウム(食塩)の溶液は中性ですから、加水分解はしません。強酸である塩酸と弱塩基であるアンモニアの化合物は、塩化アンモニウムという塩ですが、加水分解して酸性を示します。反対に、石けんは弱酸である脂肪酸と強アルカリである苛性ソーダとの塩ですから、加水分解して、弱アルカリ性を呈します。また脂肪酸トリエタノールアミン石けんは、弱酸と弱アルカリとの塩ですから、水溶液はほほ中性で、加水分解はしないかあってもわずかです。

 石けん(以下例:オレイン酸ナトリウム RCOONa)が、0.03%以上の希薄水溶液下で解離すると、液中には、ナトリウムイオン Na+・オレイン酸イオン RCOOー が遊離します。つづいてオレイン酸イオンは加水分解して、オレイン酸 RCOOH と水酸化物イオン OH- が遊離し、さらにオレイン酸はオレイン酸ナトリウムと化合して、酸性石けん RCOOH・RCOONa が生成します。強アルカリである水酸化物イオンOHーは、ふたたび弱酸であるオレイン酸のHと反応して H2O(水)を生じやすく、平衡はつよく左辺に傾きます。そのために弱い塩基(アルカリ)性で平衡します。

 以上のイオン等にくわえ、希薄水溶液が、オレイン酸ナトリウムの cmc(臨界ミセル濃度)0.03%以上の濃度になると、イオンミセル(RCOOH-)n・中性ミセル(RCOONa)n、が生成し、本来の中性石けん RCOONa と合わせて、全部で8種類の物質が混在する溶液になります。さらに、石けんの1部は、水の硬度成分と化合して不溶性の金属石けんを生成し、液中に混濁します。石けんの希薄水溶液は多彩な世界です。

オレイン酸石けんRCOONaのcmc0.03%溶液中成分一覧 --------------------------------------------------- ナトリウムイオン Na+ オレイン酸イオン RCOOー オレイン酸    RCOOH 水酸化物イオン  OH- 中性石けん    RCOONa 酸性石けん    RCOOH・RCOONa イオンミセル  (RCOOH-)n 中性ミセル   (RCOONa)n 金属石けん    RCOOCa/Mg ---------------------------------------------------- 注)Rは炭化水素鎖の略です。  加水分解は、以下のように進み、可逆的に平衡します。
石けん(脂肪酸ナトリウム)RCOONaの加水分解 ----------------------------------------------------------- 解離--------------------RCOONa=Na++RCOOー 加水分解----------------RCOO-+H2O=RCOOH+OH- 酸性石けんの生成--------RCOOH+RCOONa=RCOOH・RCOONa イオンミセルの生成------RCOO-=(RCOO-)n 中性ミセルの生成--------RCOONa=(RCOONa)n -----------------------------------------------------------

 加水分解度%は、希薄なほど大きくなりますが、水酸化物イオンOH-濃度は、水溶液の影響はすくなく、平均して0.004%くらいという一種の緩衝液になっています。少量のアルカリまた脂肪酸の添加でも著しい変化をみせません。ちなみにこの水酸化物イオン OH-濃度は、便宜上 NaOH 水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)として定量(0.004%)しますが、生成しているのは、脂肪酸イオン RCOOー から出現する単体の OHー イオンであり、「加水分解アルカリ」といっています。それが石けん中の OH- の適切な表現です。

 未熟な(塩析のない)石けんに含まれる未反応水酸化ナトリウムも、表面に析出する過剰なものは、炭酸ガスを吸って炭酸ナトリウム(炭酸ソーダ)になっています。過剰でない場合は、けん化工程ののち遊離するものですから、水酸化ナトリウム・炭酸ナトリウムともいわず、こちらは「遊離アルカリ」といっています。ちなみに99%純石けんは、けん化・塩析が完全なため、「遊離アルカリは皆無」という石けんです。解離から加水分解、酸性石けんの生成へというプロセスをたどりますが、ワンステップの反応という説もあります。 注)RCOONa+H2O=RCOOH+NaOH→Na++OH-

 酸性石けんの存在濃度ですが、たとえばオレイン酸石けんの cmc(臨界ミセル濃度0.03%、0.00001mol)300ppm付近では、その1%以下(0.0003%)0.0018molの極希薄濃度で存在するものです。およそ3ppmくらいです。ただ、酸性石けんの存在は、石けん濃度には依存しないため、どんな濃度下でも3ppm前後におさまり、石けん濃度が高くなるにつれてわずかづつ増加をみます。加水分解アルカリが、石けん濃度によらず、平均0.04%くらいのレベルで存在するのと同様です。洗濯のすすぎ時など洗液が希薄濃度なったとき、酸性石けんが過剰に生成して、繊維に吸着残留しやすくなると説明されることがありますが、絶対量が変わるわけではなく、相対的な割合が増加するだけです。あくまで3ppmくらいの極小レベルで存在しつづけ、そのレベルで吸着残留も起ります。影響はそう大きなものではありません。

 また、金属石けんが生成し集合してスカム(石けんカス)になるとき、酸性石けんがあると、それらもスカム中に集合するといわれます。その場合でも、金属石けんの数量および挙動の方が、スカムのそれよりも支配的ですから、とくにその集合体が問題になることはありません。

 日本の水道水はまれにみる軟水で、大都市圏など、河川の表流水およびダム・湖沼水を利用するところ(70%相当)ではとくに軟らかく、金属石けんとなる Ca++・Mg++ の含有量は「CaCO3(分子量78.09)換算」で、平均約40ppm(39.5mg/l)くらい、0.0005mol相当です。 注)(社)日本水道協会「平成11年度浄水の水質試験結果」 http://www.jwwa.or.jp/mizu/

  全量金属石けんをを生成したとしても、石けんは倍の0.001mol、平均分子量300として、0.3g/l=300mg/l=300ppmが理論消費量です。現実にはステアリン酸石けん・パルミチン酸石けんが生成する分のみが金属石けんになりますから、平均的な洗濯用粉石けん(牛脂・ヤシ油・米糠油)でそれら脂肪酸石けんはおよそ1/3、100ppmくらいが金属石けん消費量です。金属石けんは、すすぎ後も、高位脂肪酸のものが1部繊維に付着残留し、ランドリーなどの酸浴(酸性リンス)によって分解されますが、分解によって遊離する脂肪酸のさらに1部が、繊維に残留することがあり、黄変に結びつくこともあります。

 さて、以上の独特というべき、石けんの加水分解とその弱アルカリ性ですが、それぞれが、石けんのもつアドバンテージです。弱酸性洗浄剤を賞揚する側からは、欠点といわれることがありますが、そうではありません。まず、石けんが皮膚上でつかわれるときですが、解離するナトリウムイオンは、皮膚の酸性分泌物(皮脂の遊離脂肪酸)と結合して、皮脂由来の石けんをつくります。一方解離する脂肪酸イオンは、加水分解して脂肪酸を生成し、皮膚上に遊離していき「過脂肪」となって皮膚を保護します。また皮膚上の石けんの脂肪酸イオンは、水の硬度成分(カルシウム・マグネシウム)と結合して金属石けんもつくります。

 この「過脂肪」と「金属石けんの」干渉のために、石けんの洗浄力は相対的に低下し、本来の脱脂力が平衡的に妨げられます。洗浄力はその後ふたたび回復して、以上の動作がくりかえされますが、作為のないこの緩衝作用が、石けんの洗浄力を、過不足のないレベルに調節しています。自然、皮膚に生理的に必要な脂肪が、過度に取り去られるのを防いでいます。合成洗剤の洗浄力は脱脂力と比例し、脱脂力は皮膚への吸着残留と比例しますが、石けんの場合はそのどれとも比例せず、洗浄力は、皮脂との親和的な関係のなかで、つねに調整されていることになります。皮膚残留があるのも一部の金属石けんのみですが、これも皮脂の回復とともに数時間で分解されます。

 つづいて、石けん本来の弱アルカリ性の作用ですが、皮膚は、石けんで洗うことで、老廃物として存在する角質・遊離脂肪酸・雑菌などを、きれいに落しますが、必要な角質・皮脂・水分などは除去しません。界面活性剤のみではある程度濃度が必要で、強アルカリでは濃度を抑えても過剰にすぎるという、洗浄作用の微妙なバランスを、石けんの弱アルカリ性が、過不足なく実現しています、皮膚もまた、石けんの弱アルカリ性によく対応していて、洗浄後、ただちに皮脂を分泌しはじめ、およそ4時間くらいで従前の皮脂量まで復活します。これを皮膚の「アルカリ中和能」といっています。石けんのpH9.5〜10.5くらいの範囲で、とくによく作動しています。

 ところで、石けんは、低pHにおいては「浸透による脂肪溶解」がおこりやすく、高pHにおいては「浸透による角質層障害」がおこりやすいといわれ、pH9.5〜10.5の間でのみ、事実上どちらの作用もおこらないとされています。これは「水溶液下の切採皮膚に対する、ラウリン酸ナトリウム粉石けんのpHと浸透の関係」という実験データで、出典は、I.H.Blank,E.Gould,J.Invest.Dermatol.,37,485(1961)、その引用が、幸書房「新版脂肪酸化学」128Pにあります。「純石けん」といわれるものは、すべてこのpH9.5〜10.5のpH域に該当しますが、純石けんでないものは、ここから外れるものがほとんどです。

 なんらか短時間でも皮膚に吸着滞留する石けんがあり、pH域が9.5〜10.5から外れるているという場合は、pH11以上の高pHでは、アルカリによるタンパク質の変性、つまり皮膚角質層の障害をきたす可能性があり、pH9以下の低phでは、界面活性による脂肪の溶解、つまり角質層内脂質の過剰溶出をきたす可能性があることになります。高pHからですが、炭酸ナトリウムや珪酸ナトリウムなど、助剤入りの石けんは、pH11くらいになります。皮膚との接触がある時間つづくというケースでは、使用を抑えるのが賢明です。pH11までは弱アルカリのうちですから、短時間ならかまわないともいえますが、炭酸ナトリウムなどの助剤は、洗濯用の石けんで高いアドバンテージがあるものです。

 つぎに低 pH ですが、石けんでありながら、pH9以下の石けんがいくつか存在します。まず、大手メーカーの化粧石けんは、ほとんど JIS 規格に該当するもので、遊離アルカリの相殺のためと有用成分の充填のため、油脂・脂肪酸・ロウ・ラノリン・炭化水素類(スクワラン・ワセリン)などが添加されています。過脂肪石けん superfatted soap であり、pH8〜pH9のものです。平均でpH8.7という数値もあります。過脂肪石けんが低刺激性といいながら、なんらか影響をきたすことがあるのは、低 pH による石けんの吸着滞留時におきる、皮膚へのわずかな浸透と、角質層内部の脂質のわずかな溶出のせいかもしれません。ただ、相対的な影響は、小さなものとみなされます。添加されている保存料・酸化防止剤・着色料・香料などの合成化学物質の間断ない影響の方が、はるかに大きなものでしょう。

 過脂肪石けんがわざわざ賞揚されることが時々みられますが、いろいろ実情とは合っていません。過脂肪にするのは、窯焚けん化・塩析法など、伝統的・正統的な製法でなく、中和法・冷製法などでつくる、未熟な(塩析のない)石けんに、不可避に内在する遊離アルカリを相殺することが第1義です。また、有機石けん(有機塩基石けん)organic soap、たとえば脂肪酸基+塩基のうち塩基をトリエタノールアミンで置換する、脂肪酸トリエタノールアミン石けんも、弱酸+弱塩基のもので、pH8前後を呈し、低刺激性石けんといわれますが、ただ低pHに該当するだけです。脂肪酸以外はまったくの化学合成物ですから、石けんといいいきるのは不都合があります。

 以外にpH6を下回る、弱酸性洗浄剤、低刺激性洗浄剤というものがあります。皮膚の pH は5.6くらいといわれていますが、皮膚と同じ pH5.5をとくに標榜する洗浄剤などもあります。もちろん石けんではなく、合成洗浄剤ですが、アミノ酸系のものとアルキルリン酸系のものなどがあります。N-アシルアミノ酸塩といわれるのが、アミノ酸系合成洗浄剤の代表格のものですが、成分は「N-アシル-L-グルタミン酸ナトリウム( AGS)」です。1部「N-アシル-L-グルタミン酸トリエタノールアミン」の場合もあります。グルタミン酸のかわりにメチルタウリンをつかうものは、N-アシル-N-メチルタウリンナトリウム( AMT)です。

 アルキルリン酸塩系の代表は、モノアルキルリン酸ナトリウム( MAP)ですが、エチレンオキサイド(EO 酸化エチレン)を重合する、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸ナトリウムも増加しています。いずれもシャンプー・ボディシャンプー・洗顔料につかわれています。実際はアニオン界面活性剤ですから、微弱アルカリを遊離する中性域のものですが、酸性添加物と組み合わせることで、容易に弱酸性にシフトします。

 医師や薬局から、刺激性最少の洗浄剤といい推奨されるのはこれらで、刺激性テストでは小と出る場合もあり、石けんより大と出る場合もあります。またアミノ酸系は環境に対しては富栄養化につながる、含窒素洗浄剤です。アルキルリン酸系は、天然界面活性剤といわれるレシチン(リン脂質)などによくにた構造をもち、高級アルコールと五酸化リンのエステル化によりつくるものですが、天然にちかいのはあくまで構造で、組成は合成化学物質にほかなりません。環境には富栄養化の元になる有リン洗浄剤です。

 先のデータは切採皮膚と石けん水溶液のものですから、合成洗浄剤にはそのまま援用できません。つまり低pHだから、皮膚への浸透性が増加するということはいえません。ただ吸着残留する場合は、基本的に角質層間脂質を溶出するおそれはあります。皮膚のpHにちかいため、弱アルカリ性の石けんより低刺激といいますが、そうであっても低刺激であること自体は、アドバンテージではありません。低刺激なために、ハザードに対する皮膚からのメッセージは無効になります。判断基準が人から1つ奪われる結果になります。

 皮膚上に掻き傷がある場合は、石けんなどをさけ、低刺激性洗浄剤や消毒液をつかうのが当然といわれることがありますが、適切ではありません。9.5〜10.5という石けんのpHが掻き傷にしみるのは当り前です。少量をとり、できるかぎり泡立ててつかえば、わずかづつ柔らかになります。しみない洗剤なら努力も要りませんが、気づかないうちに傷を深くしたとしても分かりません。

* 2-2.石けんは、「脂肪酸基+塩基」から

 石けんは、元々、種類のあるものではありません。今、私たちが純石けんと呼ぶ石けんが、石けんのいちばんスタンダードなものでした。過剰な手をくわえず、もちろん無添加で、純石けん分のみでできているシンプルな石けんがほとんどだったのです。石けんは、石けんの本質である、水溶液の「加水分解アルカリのpH域」で分類でき、純石けんは、pH9.5〜10.5のものです。純石けんでないものは、pH11以上、またはpH9以下を呈し、加水分解のないか僅かのものは、pH7〜pH8の中性域を呈します。

 また、純石けんは、「脂肪酸基+塩基」からできています。脂肪酸基は「RCOOー」、塩基は「ーNa(K)」ですから、化学的な名称は、「脂肪酸アルカリ塩」といい、うちナトリウム塩とカリウム塩がふつうに石けんといわれるものです。「脂肪酸ナトリウム(ソーダ石けん)」と「脂肪酸カリウム(カリ石けん)」のことです。加水分解アルカリのpH域は、「脂肪酸基+塩基」の構造からも決まりますので、石けんはこちらからも分類できます。構造的な分類であり、不溶性の場合はpH域が存在しませんから、分類上こちらが有用なときもあります。

 塩基がアルカリ金属(ナトリウム・カリウム)のものは溶解性があり、アルカリ土類金属のものは、水に不溶性のもので、「金属石けん」といわれます。脂肪酸カルシウム(カルシウム石けん)と脂肪酸マグネシウム(マグネシウム石けん)のことです。身体の垢など余剰物とともにスカムscum(石けんカス)を形成します。さらに塩基を、金属類など無機の物質でなく、有機の物質で置換するものがあり、「有機塩基石けん」といっています。簡略に「有機石けん」ともいわれます。本来、無機のアルカリ金属塩のみが石けんですから、以外のものはほんとうの石けんではありません。擬似石けんというべきものです。ただ過去の慣例から、化学組成の似ているこれらの物質も、石けんと呼びならわしてきた経緯があります。

 アンモニアで置換した「脂肪酸アンモニウム石けん」、トリエタノールアミンで置換した「脂肪酸トリエタノールアミン石けん」、アミノ酸たとえばLーアルギニン・L-リジンで置換した「脂肪酸L-アルギニン石けん」・「脂肪酸L-リジン石けん」などがあります。ただ、現在これらのすべてがつくられている訳ではありません。注意すべきは、これらの擬似石けんの性質が、工程の複雑なものは不純物・夾雑物を抱え、低pHのものは本体残留のおそれがあり、どちらにしても石けんよりはるかに合成洗剤に似ているという点です。加水分解のない(または僅か)という性質からすれば、石けんとはかけ離れたものになります。

 さて、ここまでは塩基の話ですが、脂肪酸基+塩基のうち、脂肪酸基を改造するものは、原料が天然のものであれ、すべて合成洗剤になります。化学的な組成が擬似石けんよりさらに複雑で、アルコール化・硫酸化・酸化エチレン( EO)重合などの化学反応を経るのが一般的で、それぞれのプラントおよびプロセスから、不純物・夾雑物がもちこまれることがあります。間断ない石油化学的な汚染にさらされています。

 ちなみに、原料が天然のものであるのに、なぜ合成洗剤と呼ばれるのかという点は、化学繊維の天然・化学(再生・半合成・合成)の各繊維と比較すると、分かりやすくなります。化学繊維のうち再生(レーヨン・キュプラ)と半合成(アセテート)の境を決めているのは、分子の組成構造であって、原料に由来するものではありません。前者は天然繊維と同等のセルロース繊維ですが、後者は酢酸セルロース繊維(セルロース酢酸エステル)であるからです。石けんと合成洗剤の間には、半合成という概念がありませんから、半合成的なものはすべて合成洗剤になります。戻りますが、脂肪酸基を改造するのでなく、脂肪酸擬似のものを利用するものが、わずかですがあります。過去の慣例からこれも石けんと呼びならわしてきましたが、擬似石けんにほかなりません。ロジン(樹脂)からつくるロジン石けんと、ナフテン酸(石油)からつくるナフテン酸石けんがあります。どちらも現在はつくられていません。世界のどこかにはあるかもしれません。

* 2-3.有機石けんという、アミノ酸石けんシャンプー

 「アミノ酸石けん」は、擬似石けんである「有機石けん(有機塩基石けん)」をいうのがふつうです。「アミノ酸系洗浄剤」と混同するケースもないではありませんが、そちらはどんなスタイルのものであっても、まったくの合成洗剤です。有機石けんは、塩基を置換している有機物質の別により、脂肪酸アンモニウム石けん・脂肪酸トリエタノールアミン石けん・脂肪酸L-アルギニン石けん・脂肪酸L-リジン石けんなどがあります。うち、脂肪酸アンモニウム石けんは現在つくられていません。「脂肪酸トリエタノール石けん」は、医薬部外品などによくあります。わりとポピュラーで、皮膚科医から低刺激だからといって薦められたりします。トリエタノールアミンは、化粧品の原料としては、もっとも多用されているもののひとつですが、懸念を残している代表的な表示指定成分でした。

 「脂肪酸L-アルギニン石けん」は、「アミノ酸石けんシャンプー」として市場にでているものです。「無添加石けんシャンプー」というものもありますが、主成分はどちらも「パーム核油脂肪酸カリウム(純石けん)」と「パーム核油脂肪酸L-アルギニン」の混合物です。それぞれアミノ酸石けんの配合割合が違うものでしょうが、「無添加」と言いきっているのは、穏当ではありません。変質防止のために「アルコール」が、増粘のために「水溶性高分子」が、光沢のために「脂肪酸パール剤」が添加されています。うち脂肪酸パール剤は、エチレングリコール脂肪酸エステルのことですが、ジ脂肪酸エチレングリコールともいう合成界面活性剤です。

 石けんやシャンプーは化粧品に属するため、薬事法が適用されます。配合成分量順の全成分表示が義務づけられますが、家庭用品品質表示法が適用されると、1部合成界面活性剤が含まれる石けんは、表示上「石けん」ではなく「複合石けん」というべきものになります。

 「パーム核油脂肪酸L-アルギニン」ですが、これはパーム核油脂肪酸とアミノ酸のL−アルギニンの、弱酸と弱アルカリの化合物です。L-アルギニンは、準必須アミノ酸の一つで、水溶液下で酸として解離し、またアルカリとしても解離する、両性電解質という性質をもち、解離平均である等電点のpHは10.76です。全くの弱アルカリですので、その塩化合物となったものは、多くの合成洗剤と同じく水溶液下で中性のものです。つまり石けん特有の性質である「加水分解」をしない(あるいはわずかな)物質です。

 石けんといっている理由ですが、先のように、「脂肪酸基+塩基」のもので、塩基のみを置換したものは、「石けん」と呼びならわしてきた歴史があるからです。したがって、「アミノ酸石けんシャンプー」の表現は誤りではありませんが、正しくもありません。性状からみても、トリエタノール石けんと同様、中性の「半合成」洗剤というべきものです。

 製造法も有機塩基の性格上、おしなべて滴下中和などでつくられ、液体で仕上るために中和の過不足が明確に計測されません。「純(アミノ酸)石けん分」の純度も不確定で、アミノ酸等の製造過程も含める不純物・夾雑物の存在は、当然通常の純石けんより多くなります。 ちなみにアミノ酸を塩基につかう有機石けんで、L-アルギニン以外につくることができる石けんは、先のようにLーリジン石けんです。両性解離するアミノ酸ですが、等電点のpHが5〜7程度のものがほとんどで、わずかにアルギニンとリジンのみが弱アルカリpH9〜10と高いものだからです。このためL-アルギニンとLーリジンは塩基性アミノ酸ともいわれています。ついでですが、無機塩基塩の石けんはもちろん脂肪酸ナトリウム・脂肪酸カリウムですが、ほかに唯一つくることができるのは脂肪酸リチウムです。リチウム石けんは弱アルカリを呈するまぎれもない石けんで、性能もすぐれたものがありますが、高価ですからあえてつくられません。これは名実ともに「石けん」です。

 アミノ酸石けんシャンプーの使用感は、合成界面活性剤に近いものがあります。液体のトリエタノールアミン石けんも同様です。この感触は、組成の問題だけでなく、化合物としての分子量の大きさに由来します。石けんは脂肪酸に分子量23(ナトリウム)、39(カリウム)が付いているものですが、トリエタノールアミンもLーアルギニンも150を超える分子量のものが、Na・K に代わって、脂肪酸基にぶら下っているものです。皮膚のpH(弱酸性)との近さと、大きな分子量の挙動とがあいまって、皮膚への刺激性が少ないという理屈を成立させます。常套文句ですが、それは皮膚清浄剤のアドバンテージではありません。

 以上がアミノ酸石けんの本質です。「加水分解のない(またはわずかな)有機石けん(有機塩基石けん)」というのが一応の定義になります。石けんはまだしも無添加石けんと呼ぶのは不都合です。蛇足ですが、完全な石けんでないものが、すべて悪いというわけではありません。合成界面活性剤のような多岐多様なものも、一括りには否定はできません。食品添加物によくつかわれ生分解性もいい、グリセリン脂肪酸エステルという界面活性剤もその1つです。アミノ酸石けんシャンプーもその1つです。身体や食器・衣類につかうものは、石けんがなによりベターですから、とくに変わったものにする必然性はありませんが、たとえば合成洗剤から切替えるときに違和感のないシャンプーとして、ユーザーが広がってきているという事情があるなら、それはそれで評価ができるでしょう。ただしアミノ酸石けんは、アミノ酸に由来する窒素を含有するため、水域の富栄養化へなんらか影響を与えます。

 どんなものも承知の上でつかうのならそれはそれで構いません。リスク(冒危険性、結果負荷)の判断の問題です。判断と選択には個々人の個性があって当然です。ただ、身近につかうものの本質と、どんな動作をするものなのかを知らずには、何もつかいたくないというのが、今の時代の、誰もの共通した欲求ではないかと思います。本質にかかわる情報はつねから公開されていなければなりません。

* 2-4.ロジン石けん、ナフテンサン石けん

 塩基に塩基類似のものがあるように、脂肪酸にも脂肪酸類似のもの、正確には油脂類似のものがあります。この場合も石けんと呼ぶことがありますが、擬似石けんにほかなりません。ナフテン酸石けん(石油石けん)、ロジン石けん(樹脂石けん)があります。どちらも脂肪酸の名称でいうのが通例です。ナフテン酸は原油の精製廃液中から回収される、飽和性の多メチレン環状酸で、一般式はつぎのようなものです。

CnH2n-1 COOH

 オレイン酸の異性体とみなされ、常温液体のものです。旧ソビエト連邦、現ロシアでつくられ実用に供された記録がありますが、脱臭がいささか困難で、ついに不快臭をのぞくことができず普及もしなかったようです。平均分子量はヤシ油・パーム核油に似て褐色で質は柔軟、洗浄力は乏しいながら吸湿性にとみ、冷水に溶解しやすく起泡力も大きいという性質をもち、結構つかい勝手のいい石けんだったといわれています。脂肪酸類似の特殊有機酸のアルカリ塩であり、ロジン石けんとともに合成洗剤の分類には入れません。

 ロジン石けんは油脂類似の樹脂からつくる石けんですが、洗浄力が過小なため単独では用いられません。他の油脂に配合して、素地の靱性、保存・溶解・起泡性の付与のために供します。脂環族のアビエチン酸 C20H30O2 が主成分で、ナフテン酸とおなじく新洗浄剤(合成洗剤)からは埒外となります。

 ロジン石けんと同様に、補填的なつかわれかたをするものに、硬化油があります。不飽和度の大きい植物油脂・魚油などに、触媒をつかい水素添加して硬化させたものですが、食用の代表的なものがマーガリン原料で、石けんには、溶けくずれの防止や扱いの向上などを目的に、化粧石けんや粉石けんに配合されます。原料は天然油脂ですが、水添(水素添加)を経るために加工油脂というべきものです。

* 2-5. 純石けんより高pHの石けん、低pHの石けん

 pHは1上昇すると濃度10倍になり、1下降すると1/10倍になる「べき乗」のものですが、人の頭は加減乗除までがよく理解しやすく、感覚の方はべき乗をよく直感するものといわれています。たとえば速度と加速度の関係がそれで、速度とは位置の変化の割合、加速度とは速度の変化の割合です。速度は目と頭で知るもので、長さ、重さ、時間などと同様、定量的に知覚できます。加速度は、音量、温度、明るさなどと同様、定量的には把握できません。

 デシベルという単位の音量は、音圧の2乗に比例し、音圧が10倍上がると10デシベル上がります。デシベルは音楽・音響でつかわれますが、騒音をいうときは、ホンという単位をつかいます。数値の同じ単位がシチュエーションで異なるという典型例で、なにか人間社会を彷彿とさせます。pHがべき乗のものであるということは、少々の希釈・濃縮では、ほとんど異動がないということで、10倍ごとの希釈・濃縮がやっと意味をもちます。体感上もそうで、手づくり化粧品がもっぱら10倍単位で希釈してつかわれるのもこの理由によります。物質にpHの大きな違いがある場合は、したがって濃度等に起因するのでなく、もっぱら組成的な相違に起因することになります。
               

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 石けんは水溶液のpH域で分類でき、また脂肪酸基+塩基の組成で分類できますが、純石けんはpH9.5〜10.5のものです。純石けんでないものは、pH9.5〜10.5から外れます。高pH側のものは、まず、「手づくり石けん」といわれるものの1部がそれに該当し、アメリカ式のハンドメイド石けんと日本式の廃油石けんがあります。どちらも冷製法による石けんで、遊離アルカリ(と未反応油脂)が残留して、水溶液がpH11前後になる石けんです。廃油石けんで塩析をするものは、pH11未満になることもありますが、純石けんのpH域までは下がりません。また、洗濯粉石けんなど炭酸ナトリウムが添加されている石けんは、炭酸ナトリウムのpHにセットされますから、pH11前後を呈します。

 純石けんのスタンダード9.5〜10.5を超えるpHのものは、そのくらいですが、低pH側に該当するものは、高pH側より多種多様ありpHもまちまちです。まず、過脂肪石けんといわれるものが、大体pHが8〜9のものです。過脂肪剤が添加されているために低pHになるのですが、ただ「石けん」とのみいわれる、大手メーカーの石けんがそれです。市場にいちばんポピュラーで、ホワイト石けんなどといわれます。純石けん分93%(以上)、遊離アルカリの相殺のために、高級アルコール・高級脂肪酸・ラノリン・スクワランなど、脂肪様物質が添加されて過脂肪になり、保存料・酸化防止剤・金属封鎖剤・着色料・香料などの、合成化学物質が配合されていますが、実はきちんと JIS 規格に準拠しているものです。

 事実上、過脂肪であることがスタンダードになってしまっているため、いま、ただ過脂肪石けんというと、それでなく、もっときゃしゃで高価な、化粧品なみの石けんをいいます。けれども、体裁がどれだけ違っても、性質は JIS 規格のそれと大差はありません。添加物が多すぎると、洗浄力の乏しいものになることがあります。

 また、ハンドメイド石けん(アメリカ式手づくり石けん)で、水酸化ナトリウムを当量より減らし、未反応油脂を意図的に残すという規格のものがあります。冷製法の、無添加過多過脂肪石けんというべきものですが、きちんとしたつくりのものは、未反応油脂が優先になり、スタンダードなpH8〜9の過脂肪石けんになります。未熟(粗製)ですと、遊離アルカリの混在もあって、ちょうど純石けんpH9.5〜10.5くらいのものになります。

 また、有機石けんは、加水分解がないか(あるいは僅か)のため、pH は8以下の中性域のものです。脂肪酸トリエタノールアミン石けん、脂肪酸L-アルギニン石けんなどです。弱酸性の石けんという表現がでるときがありますが、石けん自体は有機石けんでも中性域のものであり、弱酸性のものは存在しません。ただ中性の液性のものに、過剰な酸性物質を添加すると、pHもある程度下がることがあります。洗浄力はさらに乏しいものになります。

 石けんとして考えられる低pH石けんはそのくらいで、以外の低pH・弱酸性のものは、すべて合成洗浄剤です。アミノ酸系洗浄剤・アルキルリン酸エステル系洗浄剤などがあります。もちろん基本的に中性のものですが、脂肪酸など酸性物質が添加され、溶液のpHが酸性の場合は、弱酸性に傾きます。皮膚のpH5〜6にちかいため、弱アルカリ性の石けんより低刺激といいますが、先のようにかならずしもアドバンテージではありません。弱酸性の優位性を喧伝したのは、臨床皮膚科学などを標榜する薬品・化粧品メーカーですが、たとえばアトピー性皮膚炎で擦傷のある皮膚に、石けんの弱アルカリがしみるのは当たり前です。しみないようにつかうべきという、皮膚からの発信です。しみない洗浄剤は、そのメッセージを無効にし、判断を留保させ、せっかくの基準を1つ失うことになります。清浄剤には、なんらかの緩急性・緩衝性がなければなりません。洗浄力があるなら、それを低下させる機能ももっていなければなりません。

* 2-6.過脂肪石けんの1つ、JIS 化粧石けん

 スタンダードの意味は、もともと品質の標準のことですが、大勢を占める製品も、別の意味でスタンダードです。したがって、品質のスタンダードは、純石けんとみなせるものの、実情は市場にあふれる大手メーカーの石けんが一般的な意味でスタンダードということになります。ただ ISO のように、グローバルスタンダードという言葉が敷衍される現在、スタンダードに付与される意味は、重くなっきています。したがって生産量の多い石けんがスタンダードというのは、すでに不適切な表現ということになります。 

 さてその大手メーカーの石けんは、低pH側にかたむいている典型的な過脂肪な石けんです。純石けんの9.5〜10.5のpH域に対し、8〜9のpH域にあり、事実上「JIS 化粧石けん」の規格に合致しています。石けんの JIS 規格は、石けんの品質を云々するときよく援用されますが、品質の基準を定めているのであって、品質そのものの有為な仕様を決めている訳ではありません。そしてその基準が、過不足ない基準なのでなく、過脂肪に傾いているのは、矛盾かもしれません。
 JIS 規格の正式な名称は、日本工業規格 JIS(通産省工業技術院)で、化学製品のなかに、化粧石けん JISーK-3301、固形洗濯石けん JIS-K-3302、粉末洗濯石けん JIS-K-3303という3つの石けん規格があります。現在のものは1985年に改正(前回改正は1957年)されたもので、化粧石けんの規格は次のようなものです。

--------------------------------------------- 規格番号 JIS-K-3301 規格名称 化粧石けん Toilet Soaps 適用範囲 化粧石けん 種類 枠練及び機械練 品質 化粧・浴用に適する品質 水分 28%以下(枠練)16%以下(機械練) 純石けん分 93%以上(前回規格95%以上) 遊離アルカリ 0.1%以下 石油エーテル可溶分 3%以下 表示 製品または最少包装に次の事項を表示する 名称 種類 製造業者 製造年月 ---------------------------------------------

 枠練御及び機械練という2種類の石けんがあります。かって枠練は浴用石けん、機械練は化粧石けんといったこともありますが、現在そういう区別はありません。ともに浴用・化粧が用途です。規格の中身に対する留意点が3点あります。まず、「遊離アルカリ0.1%以下」という仕様です。0.1%は数字だけからすれば高品質ですが、先のように「添加物」による封鎖でようやく達成するものですからつまりは被覆によるものです。純石けんでは製造過程つまりはプロセス上であらかじめ除去されるものです。次に「石油エーテル可溶分」3%以下ですが、これは旧規格「中性脂肪0.5%以下」を改めたもので、増えたのは、不けん化物のほか、添加物する高級アルコール・スクワランなどがこの項目で検出されるためです。

 3番目は、全体の仕様が旧規格「純石けん分95%」から「純石けん分93%」に改められていることです。添加物をおさめる場所を広げていることにほかなりません。最後の点、1957年から30年の間、95%以上であった純石けん分の規格が、1985年に純石けん分93%に「改正」された理由について、JIS規格書(財団法人日本規格協会発行)は次のように述べています。

 純石けん分についての旧規格は、昭和26年(1957年)に制定されたもの(純石けん分95%以上)で、その当時の消費者の要望に合った品質であった。しかし、その後経済発展と共に消費者のニーズも大きく変化し、単に汚れがおちるというだけでなく、よく泡が立つ、使った後の感触がよい、香りがよいなどの多様な要望が出されるようになった。したがってメーカーはこの要望に合わせた品質の石けんを市場に出すようになり、現在市販されている化粧石けんは、純石けん分でJIS外のもの(95%以下)が増加しているのが実情である。

 今回(1985年)のJISは一部の特殊な品質のものは対象外とし、一般に市販されているものを対象として、純石けん分を95%から93%に変更した。

 以降、今日までの10数年年間、「改正」は行なわれていません。改正原案を作成した委員会のメンバーは、所轄官庁・大学教授・各種工業組合・油脂および洗剤メーカー代表などです(いずれも大手洗剤・化粧品メーカーです)。ユーザーニーズにみあう有用な添加物を入れるために、改正したといいますが、「基準レベル」による「平均的な品質」めざしたものでしょう。「平均的で均一な品質」の石けんを、大量生産・大量販売するための規格、および規格の改正ということになります。それはそれで見識ですが、有用添加物ばかりでなく、「品質の均一性」を金科玉条とするために、耐久性のある保存料・酸化防止剤・金属封鎖剤(金属石けん防止剤)、そして着色料(タール色素)・合成香料の添加も、必要不可欠になります。

 「消費者はそういうレベルの均一な品質の商品を求めている」と大手洗剤・化粧品メーカーは主張し、事実そう要求する消費者もいます。けれども現在は事情が異なります。そうでない消費者も増えてきています。消費者はもともと選択している訳ではなく、したくてもできなかったというのが実情です。JIS 規格は、規格全体としてはすぐれたものであり、すべて製造物の指標として厳密なものですが、石けんについては必ずしもそうではありません。「窯焚けん化・塩析法」でつくる純石けんの仕様に比べれば、アンダーレベルの仕様です。合成化学物質を多量に配合した93%石けんを公けに認定している規格です。

* 2-7.料理のような、アメリカ式ハンドメイド石けん

 ハンドメイド(手づくり)石けんは、食用油などからつくるアメリカ式のソープメーキングと、廃油などからつくる日本式の手つくり石けんがあり、コンセプトがまったくちがうものですが、どちらも遊離アルカリが優勢なもので、pH10.5を超える高pH側の石けんに仕上ります。冷製法が基本ですが、廃油石けんで塩析をするものがあり、純石けんのpH域にちかづくものもあります。純石けん比較すると、未熟(粗製)の石けんで、純石けん分としての純度は低く、遊離アルカリ以外に、未反応油脂・遊離脂肪酸などの不純欝・夾雑物が残留しています。不純物とはあまりいいませんが、原料由来のグリセリンも数%から10数%含んでいます。

 未反応油脂・遊離脂肪酸は容易に酸敗につながり、刺激・悪臭・変色などを起し、それ自体が刺激になることもあります。グリセリンも量によっては吸湿性を発揮し、石けんの表面に水滴を生じ、石けんの加水分解を起して、あらたな脂肪酸を遊離します。また、遊離アルカリのpH11近くのものは、皮膚への刺激性が懸念されますが、かわりに変質防止作用をもちます。どちらも実際の使用感はすぐれていて、手あれなどは起こしません。無添加の石けんで、合成化学物質をまったく内包しないためのアドバンテージといえるでしょう。ちなみに水酸化ナトリウムでなく、オルト珪酸ナトリウムをつかう廃油石けんがありますが、こちらは珪酸ナトリウムの、強靱性の減退(損傷性)がありますから、長期的使用には注意が必要になります。

 アメリカの生活レベルにまで浸透している、ハンドメイド石けん(ソープメーキング)ですが、レシピは料理のように美しく、反面大雑把なものです。ほとんどが冷製法のソーダ石けんですが、乾燥後に「石けん表面の白い粉(ソーダ灰)」を削りとるという説明があります。「結霜」とか「風化」という現象で、未反応水酸化ナトリウムが、石けんの表面に析出し、空中の炭酸ガスと反応してできた炭酸ナトリウムです。

 レシピは油脂に対して、当量の水酸化ナトリウムが処方されていますから、未反応のそれに相当する油脂が、未反応油脂として大量に内包されていることになります。

 アメリカ式レシピは、不純物・夾雑物の存在にあまり関心をもちません。残留アルカリは気にかけるようですが、未反応油脂は不都合にも思っていません。油脂に由来する有用なグリセリンを含め、この石けんづくりには、なに1つ捨てるものはないという考えかたが根本にあります。精製された食用油脂をつかう、料理のような感覚のものという基本のコンセプトからきています。けれども、表面に析出するくらいの遊離アルカリは、石けんの内部にも存在し、過剰なものは、本来pH9.5〜10.5という弱アルカリ性石けんのpHを、若干なりとも上げることがあります。

 また先のように過剰なアルカリの存在は、それに相当する過剰な未反応油脂が存在していることを示します。未反応油脂は、酸敗のひき金になり、刺激・悪臭・変色などを起こすことがあります。原料由来のグリセリンも、そのままですから平均10数%くらい内在します。過剰のグリセリンは吸湿性を発揮し、石けんの表面に水滴を生じます。この発汗という現象も、先のように加水分解を起し脂肪酸を遊離して、あらたな酸敗の契機にもなります。冷製法でも熟練していけば、完全なけん化のベストポイントが自ずから分かってくるものです。ハンドメイドだからこそ、不純物などが析出することのない、有為な石けんづくりが敷衍されていくべきでしょう。

 ちなみにソーダせっけんでなく、カリ石けんのハンドメイドは、ソーダ石けんと同じく固体につくって、後適量の水に溶くことでできます。固体といっても油脂によって異なり、ココナッツ油(ヤシ油)は固く、オリーブ油やダイズ油のものは軟らかく仕上ります。カリ石けんは、元来こちらの「軟石けん」のものがオリジナルで、液体石けん・水石けんは、これを希釈したものがはじまりです。

* 2-8.日本化モデルの究極、ハンドメイド過多過脂肪石けん

 アメリカ式のハンドメイド石けんを、日本式にシンプルモデルチェンジをした、手づくりの無添加過脂肪石けんというべきものがあります。日本ではいまはこちらが主流で、冷製法のけん化率を85%〜95%くらいに設定して、原料由来の油脂を石けん中に、あえて残すというレシピです。JIS 規格に準ずる大手メーカーの過脂肪化粧石けんとちがって、過脂肪剤ををもちいず、原料油脂そのものの残留による過脂肪石けんであることが特徴です。

 油脂の主成分は「脂肪酸グリセリンエステル」です。一般的に「脂肪酸トリグリセリド」といっています。うち脂肪酸の分子量は600〜850、グリセリンは92、油脂中の脂肪酸の割合は86.7%〜90.2%くらい、グリセリンは13.3%〜9.8%くらいになります。質量あたりのグリセリン含有量は、脂肪酸分子量の小さな油脂(たとえばヤシ油)ほど、多い計算になります。ヤシ油・牛脂・オリーブ油・ダイズ油などの順に、グリセリン含有量は少なくなります。したがって、過多過脂肪石けんは、未反応油脂を平均10%くらい含み、油脂由来のグリセリンも、平均10%くらいを含んでいます。純石けん分は通例グリセリンを勘定に入れませんから、純石けん分90%くらいの無添加石けんということになりますが、純石けん分99%の石けんと比較すると、事実上純石けん分80%の石けんに等しくなります。

 過脂肪石けんは高級石けんという話があり、グリセリンの多い石けんもハイグレードというイメージが言われますが、いろいろ実情とはあっていません。過脂肪石けん superfatted soapを高級石けんといってきたのは、添加物をよしとする大手の化粧石けんメーカーです。まったく意味がない訳ではありませんが、純石けんメーカーからは、釜焚きけん化でない、不塩析石けんの未熟なものをさしていたものです。過脂肪の本来の目的が、不純物・夾雑物をかかえる石けんの、とくに過剰なアルカリを封鎖するためであったからです。

 最も多くつかわれたのは、ラノリン・ワセリン・油脂類・ステアリン酸メチル・オレイン酸メチルなどです。ラノリンは羊毛からとるロウの一種で、脂肪酸と一価アルコールとのエステルです。ワセリンは石油からとるイソパラフィン(炭化水素)です。

 ハンドメイド過多過脂肪石けんは、その延長線上でなく、無添加のままで過脂肪にするという点で、由来を別にしていますが、油脂が過剰に内包される点では共通のものです。
 それらの過脂肪のとくに油脂の作用ですが、石けんの洗浄力を損ないながら、一部皮膚などに残留して、なんらか保護作用をするといわれます。皮膚や髪の保護、吸収による柔軟性の付与などが、その有為な作用ですが、本来単体あるいは他の物質と複合でつかわれて効力のあるものです。石けんに付加される場合は、洗浄力の減衰になり、また酸敗の原因にもなります。

 もともと石けんは、その清浄作用によって、皮膚上の古い角質・余剰の脂肪・無機質の汚れ・汗からの分泌物・1部の細菌類を取り除くものですから、過脂肪はその作用自体を妨げることになります。減衰作用は、加水分解の結果、遊離する石けん由来の脂肪酸(過脂肪)が果たす役割であり、先に過脂肪があると、その石けん本来の作用も阻害されます。

 また、過剰グリセリンの存在も、過脂肪のそれと同様、副作用のようなものがあります。吸湿性をもつため、皮膚や髪へなんらか保湿作用をするといいますが、多量のグリセリンの内包は、洗浄力をさまたげるとともに、吸湿して石けん本来の「稠度(ほどよい固さ)」を損なうことがあります。

 先のように、過脂肪のない本来の石けんは、加水分解してpH9.5〜10.5の弱アルカリ性を呈します。皮膚上の酸性物質に接すると、脂肪酸を遊離し、その脂肪酸が自然の過脂肪となって皮膚を保護し、必要以上に脱脂することから防いでいます。石けん以外の界面活性剤は、加水分解を行わず、洗浄力は脱脂力と比例します。石けんは動作のあいだ、洗浄力を落しながらまた回復するというくりかえしで、洗浄力は適当なレベルで平衡します。石けんがあくまで清浄剤であり、皮膚・髪と身体の老廃物・外部からの汚れと細菌などを除去することで、身体の清潔を保つものなら、本来、石けん分以外の何の有用成分も要りません。

 石けんは医薬品・医薬部外品・化粧品とは異なるものです。皮膚等を清浄にするほかは、なんの影響もあたえないというのが清浄剤の理想です。純石けんの水溶液が、加水分解アルカリのpH9.5〜10.5を呈するとき、遊離アルカリも過脂肪(遊離脂肪酸・未反応油脂)も存在しません。さらに、正統な塩析法では、グリセリンも痕跡であり、やわらかな(緩衝性のある)洗浄力をのみ発揮します。

 とはいえ、日本式ハンドメイド過多過脂肪石けんの問題は、石けんにもとめるものは何か、というところに収斂されます。手づくりであることの意義は、多面的に大きなものがあり、その広範な流行は、石けんへの求心力という点で大いに歓迎されます。料理のように生モノとみなし、管理をよくして、早めのつかいきることを心がければ、いくつか問題点も解消できるでしょう。無添加石けんであることにかわりなく、その製法のシンプルさも日本での純化という、いわば文明的セオリーの1つとすらみられます。

 日本の自然は、そこに生息する生き物をふくめて、世界の標準に比べ「平均的に小型で温和」という、極めて特異な性質をもっています。独特の風土といってもいいもので、たとえば樹木は適度に背高く、作物は滋味にあふれて栽培しやすく、生き物は、熊も狼も馬も、小型化して性穏やかであり、毒蛇も数少なく大型のものはいません。本来は大陸のものと同様な体躯や毒性をもっていたにちがいありませんから、日本という列島・島嶼に入ってから起きた変化のあらわれにほかなりません。これも進化の形態の1つとすれば、文化もまたその例にもれません。

 宗教すらまた日本に輸入されると、時を経て極端に単純化されます。親鸞の教義は、由来する大乗仏教だけでなく、宗教ののりを超え、「Namuamidabu」の一言に純化されています。キリスト教は、日本の1部で、聖書のみを価値とする「無教会信者」という究極に収斂してしています。唯一言で生命が満たされるシンプルな仏教と、教会をもたないピュアなキリスト信仰が、日本でだけ共存しています。

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