石けん学のすすめ       Anri krand くらんど

6.石けんと皮膚の親和性

6-1.皮脂の成分
6-2.石けんの刺激性
6-3.正の水和と負の水和
6-4.負の水和石けん、日本薬局方カリ石けん
6-5.石けんとアレルギー性疾患

* 6-1.皮脂の成分

 -----私には ひとつの大きな愛の思い出がある。母は私たちにこう言ったものだ。「ポーラが自分にかわっておまえたちみんなにキスをするように書いてきましたよ・・・・・・」そして母はポーラにかわってみんなにキスをするのだ。------「ポーラはぼくが大きくなったこと知ってる?」------「ええ、もちろん知ってますとも」ポーラはなんでも知っているそうな。

 -----「大尉殿、敵が撃ちはじめました」 ポーラよ、敵がこちらに向けて撃ちはじめたよ。-----「ひどくなってきましたよ、大尉殿」 ポーラ、きこえたかい、ひどくなってきたそうな。『しかしわたしは、このブルーの夕暮れに驚かずにはいられない。それほど異常で、色はものすごく深いのだ』
 これはアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの名作「戦う操縦士」の1節です。第二次世界大戦下、ドイツ軍戦車部隊を探査するために危険地帯を飛んだサン=テックス自身のドキュメントですが、地上からの集中放火をジグザグ飛行でさけながら、手足は縦横に動き、精神は幼児期の回想へと落下し、さらに眼前に展開する底抜けのブルーに目を見張る・・・・・相反するいくつものシチュエーションが同時に進行していくなにげな描写は、まるでポリフォニーのようです。

 5才のときにすでに去っていて顔すら思い出せないチロル生れの家政婦ポーラは、このとき、サン=テックスにとって全能のポーラでした。おそらく誰にも一人のポーラがいます。少年期の端境期に、私にも一方的に独言を投げかけるポーラがいました。人によっては愛犬であったり、こましゃくれた子猫であったり、昔に引っ越していった隣人の子どもであったりします。おしゃべりであったりまったく無口であったり、人を困らせたりいきなり機嫌を損ねたりします。そうしてたえず替え難い存在でありつづけます。

*

 石けんと皮膚・髪・衣類・食器・住いなど、石けんと洗浄物とのかかわりは多岐多様で、それぞれ微妙に機能・作用のちがいがあります。合成洗剤は、それらの対象ごとに、性格・性状・かたちの異なる洗剤を開発していきましたが、石けんはそういう展開の仕方はしてきませんでした。

 1個の石けんでなんでも洗える、という説明がいまでも生きているのは、石けんが本来シンプルなもので、ただ、用途(つかい勝手)によってのみ、必要最小限にかたちをかえた石けんが出されてきたからです。洗濯せっけんでさえ、当初は固形が主流だったのです。それでも、石けんがなにより石けんらしくつかわれてきたのは、顔・身体など皮膚に対してのものです。合成洗剤が世界を席巻するさなかでさえ、石けんは十分満足につかわれて、ボディーシャンプーなどの進出にも、直截な影響をうけることがありませんでした。親和性という言葉がぴたりと合うのが、石けんと皮膚の関係です。

 さて、石けんのアドバンテージは、極小の不純物・夾雑物、特異な生分解性、有為な加水分解アルカリのpHですが、皮膚には、その加水分解と弱アルカリの作用がとくに穏当なものであり、そのために石けんとりわけ固形のソーダ石けんが、世界中でつかわれてきました。

 メカニズムですが、石けんが皮膚上でつかわれるとき、解離するナトリウムイオンは、皮膚の酸性分泌物(皮脂の遊離脂肪酸)と結合して、皮脂由来の石けんをつくります。一方解離する脂肪酸イオンは、加水分解して脂肪酸を生成し、皮膚上に遊離していき「過脂肪」となって皮膚を保護します。また皮膚上の石けんの脂肪酸イオンは、水の硬度成分(カルシウム・マグネシウム)と結合して金属石けんもつくります。この「過脂肪」と「金属石けんの」干渉のために、石けんの洗浄力は相対的に低下し、本来の脱脂力が平衡的に妨げられます。

 洗浄力はその後ふたたび回復して、以上の動作がくりかえされますが、作為のないこの緩衝作用が、石けんの洗浄力を、過不足のないレベルに調節しています。皮膚に生理的に必要な脂肪が、過度に取り去られるのを防いでいます。

 合成洗剤の洗浄力は脱脂力と比例し、脱脂力は皮膚への吸着残留と比例しますが、石けんの場合はそのどれとも比例せず、洗浄力は、皮脂との親和的な関係のなかで、つねに調整されていることになります。皮膚残留があるのも1部の金属石けんのみですが、これも皮脂の回復とともに分解されます。また、石けん本来の弱アルカリ性の作用ですが、皮膚は、石けんで洗うことで、老廃物として存在する角質・遊離脂肪酸・雑菌などが、きれいに落されますが、必要な角質・皮脂・水分などは除去されません。界面活性剤のみでは十分でなく、強アルカリでは過剰にすぎるという、洗浄作用の微妙なバランスを、石けんの弱アルカリ性が、過不足なく実現しています。

 皮膚もまた、石けんの弱アルカリ性によく対応していて、洗浄後、ただちに皮脂を分泌しはじめ、およそ4時間くらいで従前の皮脂量まで復活します。これを皮膚の「アルカリ中和能」といっています。石けんのpH9.5〜10.5くらいの範囲で、とくによく作動しています。
 さて、石けん・石けんシャンプーというのは自然な言葉なのですが、全身洗浄剤というとかなり違和感があります。ボディシャンプー・洗浄・洗剤といえばそうでもありませんから、全身洗浄剤という表現がこなれていないのでしょう。身体の場合は、洗浄剤でなく清浄剤というのがほんとうです。日本薬局方のカリ石けんも、解説書に「皮膚清浄剤」と書いています。ふるい響きですが、過不足ないいいかたです。

 皮膚清浄剤としての石けんのなかでも、純石けんは(純石けんだけは)、皮膚になんの影響もあたえないという、有為な実験データがあります。石けんは、低pHにおいて「浸透による脂肪溶解」がおこりやすく、高pHにおいて「浸透による角質層障害」がおこりやすいといわれますが、純石けんのpH9.5〜10.5の間では(間でのみ)、事実上どちらの作用もおこらないというデータです。注)I.H.Blank,E.Gould,J.Invest.Dermatol.,37,485(1961)転載参照:幸書房 新版脂肪酸化学 128P

 「純石けん」といわれるものは、すべてこのpH9.5〜10.5のpH域に入りますが、純石けんでない石けんは、ほとんどここから外れます。皮膚にたいする純石けんの、最大の強みである、加水分解とその作用の結果です。なんらか短時間でも皮膚に吸着滞留する石けんがあり、pH域が9.5〜10.5から外れるているという場合は、pH11以上の高pHでは、アルカリによるタンパク質の変性、つまり皮膚角質層の障害をきたす可能性があり、pH9以下の低phでは、界面活性による脂肪の溶解、つまり角質層内脂質の過剰溶出をきたす可能性があることになります。

 高pHはともかく低pHの石けんですが、pH9以下の石けんがいくつか存在します。まず、ただ石けんといっている、大手メーカーの化粧石けんがですが、ほとんどJIS規格に該当するもので、遊離アルカリの相殺のため、油脂・脂肪酸・ロウ・ラノリン・炭化水素類(スクワラン・ワセリン)などが過剰に添加されています。代表的な過脂肪石けん superfatted soap であり、pH8〜pH9くらいのものです。

 人の皮膚は、上から表皮・真皮・皮下組織からなり、うち表皮は、角質層・顆粒細胞・有棘細胞・基底層からできています。最下部の基底層では、日々新しい細胞がつくられ、分裂して上方へ移り、角化しながら角質細胞へと変化し、角質層へ至って、皮膚表面の古い角質を押しだしていきます。基底層から角質層への、この細胞の補給のサイクルは、平均14日くらいですが、皮膚になにか感作があると、細胞の増殖が亢進して、サイクルは一挙に半減、病的な症状の時は、わずか数日のサイクルで、角質層にまで到達します。剥離した老廃角質(アカ・フケ)の大量の発生がみられるのは、こういうときです。

 表皮の最上部にある角質層は、数層から数10層重なる角質細胞です。人体の部所によって異なり、外陰部・まぶたなどは数層、頬・額などは10数層とうすく、手のひら・足のうらなどは数10層になります。1層の厚さは1ミクロン弱、顔など平均的な角質層の厚さは10数層ですから、厚さ20ミクロンくらいになります。

 さて、皮膚表面に張りついているのは、1日1層落屑するといわれる古い角質です。まわりに皮脂線と汗腺があり、毛穴のなかにある皮脂腺からは、油脂・脂肪酸・ロウ・ステロールエステル類・スクワレン・その他の炭化水素類・コレステロールが分泌され、汗孔のなかにある汗腺からは、無機塩類・乳酸・尿素など分泌されます。外から付着してくる灰分・塩類・塵芥・煤煙・鉱油などもあります。

 さらに毛孔・汗孔・皮膚表面には、常在菌・微生物が棲息しています。それらの常在菌・微生物は多種多様で、脂肪酸エステルの分解酵素リパーゼをつくる菌、にきびの原因となるアクネ捍菌、タンパク分解酵素をつくる汗由来の細菌などがあります。

 皮膚の清浄という意味ですが、誤解がいくつかあります。普段は、湯や水で洗うだけで十分という意見がありますが、必ずしもそうではありません。湯水であらい流される物質は、汗の成分・塩類・老廃角質・その他の垢成分のみです。皮脂成分・鉱油・塵芥などの多くは、水洗いでは落せません。常在菌・微生物・その他の細菌も取れません。また人によって常在菌並みに存在する黄色ブドウ菌も除去できません。

 石けんは、それらの必要最小限の除去を行い、また若干の殺菌作用も発揮します。石けんのような皮膚清浄剤の役割は、皮膚にとって不要な角質をとるだけでなく、汗や垢の成分と過剰な脂質、とくに遊離脂肪酸及び常在菌・微生物は除去し、必要な脂質と有用な微生物などはきちんと残すことです。

 皮膚上に掻き傷がある場合は、石けんなどを避け、低刺激性洗浄剤や消毒液をつかうのが常識と思われていますが、それも誤りです。9.5〜10.5というpHが掻き傷にしみるのは当然です。少量をとり、できるかぎり泡立ててつかう工夫が要るだけです。しみない洗剤なら努力も要りませんが、気づかないうちに傷を深くしても分かりません。

 表皮の脂質量は年齢によって変化します。男性は20歳くらいで最大の脂質量を分泌し、そのまま40年くらい維持します。60歳くらいから分泌量が低下し、80歳くらいで半減します。女性は20歳くらいで最大の脂質量を分泌しますが、量的には男性の10%減くらいといわれます。そのまま20年くらい維持し、40歳くらいから分泌量が低下し、60歳くらいでで半減します。

 一般論ですから、気にする必要はありません。個性もあり、当然人によって比較のもとになる基準も異なります。皮脂腺は毛孔の中にあり、平均100個/平方cmといわれています。顔・胸・背中に多く、とくに額には900個もあります。頭皮にはその数倍におよぶ皮脂線があります。表皮そのものも、表皮の内部と表面では大きな違いがあります。違いの内容は、表皮内部にある本来の油脂(脂肪酸グリセリンエステル)・ロウエステルが、表皮表面では半ば(50%)遊離しているという点です。リパーゼという脂肪酸エステル分解酵素の作用ですが、皮膚が必要あって脂肪酸を遊離していることになります。皮膚上に存在する物質は、以下のような組成です。

成人皮脂の組成(%) V.R.Wheatly,Proc.Sci.,T.G.A.39,25 May(1963) ------------------------------------------------------------------------ 表皮内脂質 皮膚表面脂質 ------------------------------------------------------------------------ 遊離脂肪酸 5 25 脂肪酸エステル(油脂) 50 35 ロウエステル(ロウ) 20 20 ステロールエステル 4 3 スクワレン 10 5 その他の炭化水素 5 2 コレステロール 2 1.5 未同定物質 4 8.5 -----------------------------------------------------------------------

 皮脂の主要な分泌物は、脂肪酸・ステロール類のアルコールエステルです。表皮のケラチンタンパク質を潤す皮脂の役割は、熱温寒冷・酸アルカリなどの外部環境から皮膚をまもることです。
 皮膚表面に遊離脂肪酸が多いのは、常在菌がリパーゼをつくって脂肪酸エステルを分解するためですが、皮膚上の殺菌が目的とみられます。役目を終え、過多になって滞留する遊離脂肪酸は、かえって皮膚への刺激となり、かゆみをひき起こします。かゆみはシグナルであり、早めの除去が必要なことを身体に知らせるものです。その皮膚表面の脂肪酸の種類は、C16パルミチン酸(22.7%)、C18:1オレイン酸(17.2%)、C16:1パルミトレイン酸(12.0%)、C14ミリスチン酸(7.8%)、その他がC17〜C18、C15〜C16、C10〜C14の雑多なものです。

 炭素数がC15以下の脂肪酸は、殺菌作用のために分解遊離するとみられます。多量のC16パルミチン酸は常温の皮膚上では不活性です。C16:1パルミトレイン酸は、他でこれだけの量をみることのない特異な脂肪酸です。皮膚の本質を示唆するようですが、具体的な作用は特定されません。C18:1オレイン酸は、菌をかえって増殖させるといわれています。有用な細菌の正常な繁殖に、役立っているかもしれません。

* 6ー2.石けんの刺激性

 石けんに「皮膚刺激性」があるといわれることがあります。そのために、弱酸性の石けんや低刺激性石けんが生まれたという説もあります。石けんの脂肪酸組成による違いをいうのですが、ラウリン酸石けんの構造からくるという刺激と、オレイン酸石けんがにきび原因になるという理由が、よく槍玉にあがります。

 どちらもその傾向はありますが、本質的なものではありません。石けんが数10秒で洗い流されるということからすれば、無意味ないいようです。化粧品のように長期間、皮膚上に滞留する場合なら、意味があるかもしれません。ちなみに石けんは、医薬品・医薬部外品・化粧品などとは、異なるものです。皮膚などを清浄にする以外に、なんの影響も与えないというのが、清浄剤としての石けんの理想です。

 ひるがえって、石けんの脂肪酸組成による皮膚刺激性については、古典的なデータが現存します。類似の試験はいくつもありますが、結果が大同小異のため現在でも現役のデータとしてつかわれています。E エマリーが1940に発表したものですから、ざっと60年前のことです。

*界面活性剤/炭素数別陽性反応率(%)(濃度:0.5%/接触時間:5hr) Emary,E.,J.Am. Pharm. Assoc., 29,254 (1940) 炭素数 脂肪酸Na 脂肪酸K アルキル硫酸Na ------------------------------------------ -8--------2.5-------12.5------4.5 10-------19.0-------15.0------4.0 12-------69.0-------88.0-----42.0 14-------39.0-------54.0-----25.0 16--------3.0-------12.0------5.0 18--------0.0--------0.0------0.0 ------------------------------------------

 皮膚上への貼付試験ですから、皮膚の常温(体温36℃台)が前提になります。したがって、石けんが石けんとしての活性力(洗浄力など)を発揮する条件(炭素数・クラフト点)によって、陽性反応が左右されることになります。「炭素数」からすると、石けんらしい性状はC10カプリン酸からといい(C8以下は洗浄作用をもたない)、確実な面活性剤力を発揮するのはC12ラウリン酸石けん以上からです。したがって、C8・C10の陽性反応が小さいのは、石けんらしさを欠くためです。

 脂肪酸の最低溶解温度である「クラフト点」は、C18ステアリン酸石けんが60℃以上、C16パルミチン酸石けんが50℃以上、C14ミリスチン酸石けんが40℃以上、C12ラウリン酸石けんは30℃以上です。したがって、皮膚の常温である36℃前後で、洗浄力を発揮できる度合は、大きい方からC12ラウリン酸石けん・C14ミリスチン酸石けんの順であり、以外は当然のことながら、極度に低くなります。

 5時間貼付という条件下ですから、これは石けんの通常使用と無関係な試験です。つまり皮膚上に滞留する化粧品のための試験であり、これらをふまえて、化粧品の乳化剤にC18ステアリン酸石けんがつかわれたりしています。ちなみにクラフト点を超えた70℃でのC18ステアリン酸石けんは、どんな合成洗剤も比較にならない、猛烈な洗浄力を発揮することが知られています。現実にはありえませんが、強烈な陽性反応が起こるでしょう。

 もととなるデータは以上のほか、アルキル硫酸Naについて、NaCl(塩化ナトリウム)・NaSO3硫酸ナトリウム・NaCO3炭酸ナトリウムを0.002N(0.002mol規定液)を添加したときの、「陽性反応率%のアップ率」をはかっています。石けんの0.5%濃度水溶液に対して0.002molですから、分子量に応じてNaCl0.1%、NaSO40.3%、NaCO30.2%濃度の添加ということになります。

 炭素数8〜12までは、塩化ナトリウム<硫酸ナトリウム<炭酸ナトリウムの順に、陽性反応が増大し(無添加の場合のほぼ倍増)、炭素数14〜18までは、逆の順に陽性反応が増えていきます。無機塩の浸透圧のせいという見解もありますが、本来助剤といわれるこれらの物質の本質は、界面張力の低下現象など、活性剤そのものを活性化するものです。陽性反応の増大もこれによります。洗濯石けんなどに添加することで、洗浄力の向上をもたらすのが助剤の役割です。

 「皮膚刺激」といっているのは、事実上、以上の「陽性反応率」のことですが、表記の通り、0.5%濃度の石けん液を5時間貼付するというテストです。身体につかわれる石けんの初期濃度が0.2%くらい、泡立てるとその数10倍希釈され、さらに洗い流されるまでの時間が数10秒くらいとすると、使用状況がちがいますから、このまま石けんの皮膚刺激性データすることはできません。

 ちなみに、油脂からでなく脂肪酸からつくられる液体石けんで、伝統的につくられてきた実績は、ラウリン酸石けんとオレイン酸石けんです。液体石けんは、脂肪酸のクラフト点から、常温で使用できる2大選択肢がラウリン酸とオレイン酸であり、ラウリン酸の方が比較的安価ですから、よくつくられた経緯があります。そしてラウリン酸石けん単独の液体石けんが、刺激性で問題になったことはありません。

 ただ、ラウリン酸を50%含むココナッツ油(ヤシ油)100%の固形石けんと、シャンプー用液体カリ石けんは永い実績がありますが、ボディー用の液体カリ石けんがつくられた実績はありません。ココナッツ油石けんとパーム核油石けんが、そのままでは10%くらい含有している、C6カプロン酸・C8カプリル酸・C10カプリン酸に、一次皮膚刺激性があるためです。ヨーロッパ・アメリカでも、C6・C8・C10の脂肪酸は「刺激1rritateし、乾燥dryさせる」として、化粧石けん・浴用石けんには、ヤシ油の配合は30%以内にする、という不文律がありました。局所(粘膜)に刺激をあたえることがあります。テストは、唇につかってみて、なんらかピリピリ感があると分かります。「ヤシ油臭」という臭気の要因の1つでもありますから、ヤシ油石けんシャンプーには通例香料が入れられています。

 日本では、ヤシ油100%、またはヤシ油80%・牛脂20%前後のカリ石けんシャンプーは永くつくられてきました。歴史ある、伝統の水焚法によるカリ石けんシャンプーがそれで、床屋さんで業務用につかわれ、理容シャンプーといわれてきたものはこれです。

* 6-3.正の水和と負の水和

 ソーダ(ナトリウム)石けんにはいわれませんが、カリ(カリウム)石けんは、従来から、皮膚への有為なコメントがつけられています。皮膚の「角質軟化作用」をもつという説明です。経験値からきているもので、作用のメカニズムの資料はありません。ただ有力な根拠となるものは、「イオンの水和」という理論にあります。
 イオンの水和理論は、たとえば塩化ナトリウム(塩)が水に溶けている状態を、単に「Na+」と「Clー」が水分子間に解離しているのではなく、「Na+」イオンは4個の水分子と極性的に配列し、「CL-」イオンは6個の水分子と極性的に統合しているとします。

 水分子はその結合の本質的なズレから、+と-の対極をもつ物質であり、すべてのイオン(ある意味ですべての物質に)に水和するものです。そしてこの配列が構造化して、水分子が「純水」より熱運動が低いレベルで安定する時、「正の水和」といいます。不安定でつねにズレをもち、「純水」より速い熱運動をする場合、「負の水和」といいます。

 負の水和が正の水和と対極にあり、水分子の激しい熱運動をともなっている点に、本質的なユニークさが存在します。この区分上で、実はナトリウムは正の水和、カリウムは負の水和をしています。ごく似たアルカリ金属と思われているナトリウムとカリウムは、本質的なところで大きな相違があることになります。

 生物の生体はタンパク質からできていますが、タンパク質はなんらかの水溶液中に存在します。その接する、あるいは吸着している水分子は、通常A層・B層・C層の3層からなっています。K+カリウムイオンがC層に達すると、b層の水分子の安定を壊し、C層の構造的な正の水和を負の水和に変え、生体のタンパク質は速い熱運動をする水分子にじかにさらされます。タンパク質が軟化もしくは変性する理由がこれです。経験上からうたわれている「カリ石けん」の角質軟化作用はこのようなメカニズムからなっています。

 現在のほとんどのシャンプーは合成界面活性剤ですが、アルキルリン酸ナトリウム系のものと、N-アシルグルタミン酸ナトリウム系のものがあり、リンとチッ素を含みます。富栄養化の原因になり、日常品として無制限に使用していいものとはいえません。その意味で、1世紀以上の歴史をもつ「日本薬局方」のカリ石けん(ダイズ油100%)は、現在、もっとも見直されていい石けんです。C18:2リノール酸を主成分とし、軟化作用をもちながら、刺激性はみられません。

* 6-4.負の水和石けん、日本薬局方カリ石けん

 日本薬局方のカリ石けんは、ふつう市場に出ていませんので、局方製品を扱っている薬局で、「局方のカリ石けん」と指定して取り寄せてもらうことになります。きちんと説明しないと分かってもらえません。浣腸薬としての用途が一般的でしたが、続々と出てくる新薬に圧されて、ほとんど使用されなくなっているからです。存在そのものが、医師や薬剤師の頭のなかにありません。ましてや「皮膚清浄剤」としての用途に気のつくこともありません。シャンプーなどといったら、想像外のことになってしいます。

 本質は、あくまで「皮膚清浄剤」であり、120年にわたって営々と処方収載されてきた、由緒あるレシピです。皮膚清浄剤ならびに、20倍水溶液は浣腸料でもあり、過去、製造の中断ということがありませんでした。製品はまちがいなく存在し、卸問屋も扱っていますが、薬局に置いてあることは希です。普通プラスチック円筒容器500g入で千数100円くらいです。カリ石けん(軟石けん)は、通例2倍量の精製水を精製水に溶かしてつかうものですが、この正統のカリ石けんは、皮膚への標準使用濃度とし1.7〜1.8倍量の精製水に溶いて使用します。

 軟膏状のまま、溶かさず小分けしてもつかえますが、「強靱な柔らかさ」をもっていて、粘りなく弾性なく、圧しても崩れず、手のひらで最後まで溶けきらないという特徴があります。片が残ってしまい、つい片のかたちのまま流してしまうということが起きてしまいます。石けんは比重がほぼ1.0のものですから、50gを液体にすると50mLになります。50g(50mL)を、基本85〜90mLの精製水に溶き、全量135〜145mLを、200mL(入手しやすい)のプラスチックボトルに入れます。スプーンと計量器が必要です。

 髪も顔も洗って、これで男性だとたぶん3〜4週間はもちます。パッケージは500gですから、10回分つくれ、1人分8〜10か月くらいもつのではないかと思います。意外につかいでがあります。

 レシピは、アマニ油からダイズ油にかわって以降、100年以上変更されていません。ダイズ油470ml・15%苛性カリ510ml・精製水適量・エタノール適量を原料に、水焚法に近い方法でつくられます。全1000g、原料がすべて内包して仕上ります。100℃の蒸気で焚きますが、エタノールがけん化促進剤として働き、反応中に蒸散して製品には止まりません。局方品としての品質条件は、「遊離アルカリ(苛性カリ)0.28%以下のみ許容」というものです。以外に「副生物グリセリン・微量な炭酸カリ」は、その存在を認め、未けん化油脂や遊離脂肪酸の残留は認めていませんから、不純物は、遊離アルカリ(0.28%)+炭酸カリ・塩化カリのみということになります。具体的な意味は、完全なけん化完了のもののみ認めるというものです。けん化のわずかでも過不足あるものは、規格外になります。

 薬局方が収載しているもう1つの石けん「薬用石けん(粉末ソーダ石けん)」は、炭酸アルカリ0.5%と塩化アルカリ0.35を%許容しています。これからすると、カリ石けんもこの炭酸カリと塩化カリの残留を、それぞれ0.5%と0.35%、計0.85%許容していることになります。遊離アルカリ0.28%と合わせて1.13%の不純物があることになります。

 表示するとすれば、純石けん分98%になります。99%ではありませんが、塩析をしないでこれだけの純度のものができるのは、技術というよりレシピの完成度が高いからでしょう。まったくの無添加ですから、本来的に酸敗の懸念をかかえています。原料のダイズ油は、リノール酸を43〜56%、リノレン酸を5〜11%含み、油脂のなかでもとくに酸敗しやすい多価不飽和脂肪酸を、計48〜67%も含んでいます。

 ところがこのカリ石けんは、ハチミツ状のまま水をかぶっても、水に溶いて放っておいても、短期間ではまったく変化を起しません。数か月単位で変わらないものは、本質的に酸敗から遠いものです。石けんは、けん化が完全で緊密な構造(繊維状)をもっているかぎり、脂肪酸アルカリ塩という1つの化学物質でありつづけます。おそらく希薄な部分がなく、脂肪酸を遊離することがない環境では、ほとんど変質が起こらないのではないかと思います。このカリ石けんはその好例です。
 匂いには閉口する人が多いと思います。基本的には馴れるものですが、とても芳香とはいえませんから、それなりの納得が要ります。参考までに薬局方のレシピと解説を写しておきます。

 原料 植物油(大豆油) 430g   15%苛性カリ溶液 580g   エタノール 50ml   精製水 適量 ------------------------------ 全量 1000g

<製法>
 本品の製法は普通石けんの製法と異なり、高熱・過圧蒸気を用いず、けん化促進剤エタノールを加えてけん化する方法で、エタノールは反応中に蒸散して製品中には含まれない。
 水浴上で加温すると、初めは希薄不透明の混液であるが、しだいに濃厚となり、ガラス用の透明な軟塊を得る。
 本品は副製するグリセリンを除去しておらず、けん化の完全なものは新鮮なハチミツ状の軟塊で、ガラス板上に乗せても流れず、冷却しても混濁せず、指で圧しても水分を分離しない。

 医局の身近にあるこのカリ石けんが、医科を問わず医師から無視されている現状は、残念なことです。アミノ酸系合成界面活性剤や脂肪酸トリエタノールアミン石けんは論外にしても、せめてホワイト石けんをすすめる前に、思い出して欲しい石けんです。

* 6-5.石けんとアレルギー性疾患

 皮膚表面の角質層は、平均10層くらいの角質からできています。各層の間は脂質(角質層細胞間脂質)と水で満たされ、全体が柔軟な膜(バリア膜)となって、内部から水分が流出するのを防ぎ、外部からの異物の侵入を防いでいます。その角質層の障害と脂質の溶出は、事実上、皮膚のバリア膜の崩壊を意味し、結果、いわゆるドライスキンが発現します。ドライスキンは乾皮症ともいい、すでに皮膚炎の症状の1つです。

 皮膚上に掻き傷がある場合は、石けんなどをさけ、低刺激性洗浄剤や消毒液をつかうのが当然と思われていますが、適切ではありません。9.5〜10.5という石けんのpHが掻き傷にしみるのは当り前です。少量をとり、できるかぎり泡立ててつかうようにすると、わずかづつ柔らかくなっていきます。しみない洗剤なら努力も要りませんが、気づかないうちに傷を深くしても分かりません。赤い血が出て痛みがなかったら、かえってこわいことになります。痛みをともなう出血が、自然本来の摂理だからですが、耐えられないほどしみるなら、どんな洗浄剤もつかうべきではありません。

 アトピー性皮膚炎の人が、純石けんをつかうケースは意外とすくないようです。しみるからというより、「(弱)アルカリ性」への言葉に懸念があり、もとは、「肌と同じ弱酸性」という喧伝が、刷り込まれているためです。正確な話をすれば、ハザードのない単体化学物質のpH8.0超〜11.0未満の弱アルカリ性と、pH3.0以上〜pH6.0未満の弱酸性は、皮膚に影響をあたえません。中性(6.0以上〜8.0以下)も同じです。アルカリ性(pH11.0超)と酸性(pH3.0未満)のものは、影響を与えます。

 アトピー性皮膚炎のみならず、アレルギー性疾患の急激な増加は、合成石油化学物質の日常的な蔓延と無関係とは、とうてい思われません。化学物質、とくに合成化学物質は、毒性学でいう「生体異物(xenobioticsゼノバイオティクス)」です。低刺激性洗浄剤・弱酸性洗浄剤といっても、その功罪得失を論ずる以前に、まぎれもない合成化学物質にほかなりません。大まかに生体異物、また環境異物にほかなりません。

 ソーダ石けん(硬石けん・固形石けん)なら、99%・98%の枠練・機械練の純石けんは、無垢という点で、抜きんでた安全性と低刺激性をもち、そこから再溶融してつくられる透明石けんは、洗浄力もさらに調整されています。カリ石けん(軟石けん・液体石けん)なら、98%の日本薬局方カリ石けんは、ダイズ油由来の刺激性最少という、皮膚には親和的な石けんです。しみるのを待ってみるだけの価値がある純石けんですが、痛いほどしみる場合は、もちろんがまんしてはいけません。新たな症状がでてしまいます。

 皮膚には、アルカリ中和能という機能もあります。洗浄後、ただちに皮脂を分泌しはじめ、およそ4時間くらいで従前の皮脂量まで復活します。純石けんのpH9.5〜10.5くらいの範囲でとくによく作動しています。アトピー性皮膚炎は、ドライスキンであり、皮脂の分泌量もすくないのが普通ですが、アルカリ中和能は、なくなることはありません。弱アルカリ性の純石けんは、できるだけつかってみるのが得策です。純度が高く無添加なために、予想外の動作をする夾雑物なども存在しません。

 ちなみに、皮膚科などで、低刺激性洗浄剤といって低pHのトリエタノールアミン石けんやアミノ酸系合成洗浄剤をすすめられたりしますが、従来から医局でスタンダードなのは、決してそうではなく、「香料の少ない石けん」をすすめることでした。ただ、その「香料の少ない石けん」は、医師によって、「浴用の石けん」だったり「ふつうの石けん」だったりします。「ホワイト石けん」という人もいます。 「ホワイト石けん」が好例ですが、酸化チタン・酸化亜鉛などの白色色素が入った、大手メーカーの化粧石けんのことになってしまいます。「ホワイト石けん」のブランド名で、2社くらいから出ていました。詳細をきいいても「ふつうの石けんのこと」と言われてしまいます。

 実際は、「香料の少ない、香料が強くない石けん」というのは、添加物のうち、香料がもっとも刺激物になるからです。事実上、添加物・刺激物がすくない石けんを、という意味ですから、意図は、正しく「無添加石けん」ということになり、いわゆる、大手洗剤メーカー・化粧品メーカーの「化粧石けん」は外れてきます。「香料の少ない、(ふつうの)ホワイト石けん」は、そのまま「無添加石けん・純石けん」と翻訳してかまいません。1昔前なら「マルセル石けん」といった無添加の洗濯用石けんが、ピタリとこの話に合致しました。まったく無添加の純石けんだったからです。「マルセル」というのは、マルセーユの訛ったものです。

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